鎌倉時代の文永年間、日蓮大聖人[にちれんだいしょうにん]は直弟子[じきでし]の日向[にこう]と日興[にっこう]を従えて甲斐国[かいのくに]御巡化[ごじゅんげ]の旅に出られた際、この八代[やつしろ]の里に行き暮れました。一夜の露[つゆ]をしのぐべく野中[のなか]の地蔵堂にお泊まりになられたその夜、東方に闇を通して妖[あや]しい一団に鬼火[おにび]が立ち上がるのを御覧[ごらん]になられます。翌朝、日蓮大聖人が村人にその仔細[しさい]を尋[たず]ねられると、郷士[ごうし]の早内左衛門[はやうちさえもん]は次のような因縁[いんねん]話を語りました。

　平安末期の寿永年間、源平富士川の合戦に敗れた平祐成[たいらのすけなり]の側室、白菊御前[しらぎくごぜん]（平重盛[たいらのしげもり]の従妹）は、敗軍のため一門を離れて逃げ続け、この里にたどり着きました。しかし、懐妊[かいにん]の身であった御前はそれ以上は進めず、とある塚のほとりで産気[さんけ]づき、一児は死産、一児は胎内に残したまま自身もはかない最期[さいご]をとげてしまいました。甲斐源氏の地であるこの里の村人達が敵方[てきがた]の側室や嬰児[えいじ]を丁寧[ていねい]に葬[ほうむ]るはずもなく、その塚のかたすみに埋めてしまってから誰ひとり供養[くよう]する者もなく年月が過ぎていきました。いつしか塚より鬼火が燃え上がり、村は災害や疫病[えきびょう]にあい続け、豊かであった村も年を追ってすたれ、さびれてしまいました。

　日蓮大聖人はこの話を聞かれると、いまだに成仏[じょうぶつ]できずにいる母子とその因縁に悩まされているこの里をいたく気の毒に思われ、御弟子二人を従えて塚の上に安産の妙符を供[そな]え、法華経[ほけきょう]「如来寿量品[にょらいじゅりょうほん]」を三十遍読誦[どくじゅ]されました。

　その夜、日蓮大聖人は請[こ]われるままに早内家に泊まられますが、夜半、聖人の枕辺[まくらべ]に一人の気高[けだか]き婦人が二人の赤子[あかご]を抱いて立ち現れます。婦人は法華経の利益[りやく]と妙符の功徳[くどく]で無事成仏安産できたお礼を述べられ、未来永劫[えいごう]この地にとどまって女人[にょにん]の守護神になることを日蓮大聖人に誓います。日蓮大聖人はおおいに喜ばれ、婦人に「二子鬼子母神[ふたごきしもじん]」の尊号を賜[たまわ]ることを告げられました。

　翌朝、日蓮大聖人はこの霊夢を村人に告げ、早内左衛門に二子鬼子母神の給仕[きゅうじ]を命じられました。早内左衛門は喜んで命を受け、日蓮大聖人の御弟子となって「慧光房日林[えこうぼうにちりん]」の法号を与えられます。そして自らの邸宅[やしき]を寺として「慧光山定林寺[じょうりんじ]」と号しました。

　爾後[じご]、定林寺は安産子育ての霊験著[いちじる]しく、その墳墓[ふんぼ]は「二子塚[ふたごづか]」として今も残り、女人済度[にょにんさいど]安産守護の根本[こんぽん]道場として今日[こんにち]に及んでおります。

　日蓮大聖人御宿泊の地蔵堂は後に祖師堂と改称され、地蔵尊は日蓮大聖人により開眼[かいげん]され、「延命地蔵菩薩」として「二子鬼子母神」と共に二子堂[ふたごどう]内に安置されております。