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意のトライアング (平成22年6月30日発表)

序章 漢羅響資、ふたたび

横手山スキー場より望む北信五岳
横手山スキー場より望む北信五岳 (平成19年1月15日 著者撮影)
 俺の名は漢波羅響資(かんばら-きょうすけ)。宇多(うだ)天皇の血を引く旧華族・漢波羅家の三男坊だ。この秋、穂高連峰で起きた、とある殺人事件を「解決」した俺は、その後、都内の出版社に勤める知人の紹介で、雑誌にルポルタージュ記事を書く仕事をしている。まあ、早い話が、あの名探偵「浅見光彦」の同業者と言う訳だ。

 事件を通じて知り合った木村未来(みき)とは、今では週末を共に過ごす仲だ。とは言え、彼女はまだ若いし、俺自身もルポライターとしてはまだまだ駆け出し。収入も安定していない。二人共、いずれは結婚(ゴール)したいと考えているものの、さあ、一体いつの事になるのやら・・・。

「ねえ、響資さん」
「ん? なんだい?」
「ここへは来るの初めてだけど、景色と言い、雪質と言い、もう言う事無し。最高! 毎年滑りに行ってた苗場も良いけど、こっちも好きになりそう」

 今日は12月24日、木曜日。クリスマスイブ。寝る間も惜しんで仕事を片付けた俺は、前日から一足早く年末年始の休暇に入り、未来と二人で長野県は志賀高原の横手山(よこてやま)スキー場に来ている。

「気に入ってくれた?」
「勿論(もちろん)! ところで今夜は何処(どこ)へ泊まるの?」
「ああ、宿ね。それは、リフトを降りてからのお楽しみさ」
「なに、それー。早く知りたいよー」

 思わず彼女の頬(ほお)がプゥッと膨(ふく)らむ。

「さあ、リフトの終点だ。降りて降りて」
「響資さん、ここって何処?」
「標高2,305メートル、横手山(よこてやま)の山頂さ」
「2,305メートル? すっごーい!」
「そりゃ、そうさ。何てったって、横手山は志賀高原で裏岩菅山(うらいわすげやま)に次いで二番目に高い山だからね。ゲレンデは焼額山(やけびたいやま)や一の瀬の方が人気だけど、俺は、どちらかって言うと、こっちの方が好きだなあ」
「ねえねえ、あれ何? もの凄く大きなアンテナが、いっぱいあるけど」
「ああ、あの事かい? あれは無線中継所さ。天気が良い日には遠く日本海まで見渡せるし、周りに電波を遮(さえぎ)るものが無いから、ここに建ってるのさ」
「ふーん、そうなんだ・・・じゃ、あっちの白い山は?」
「あれ? ああ、あれは北信五岳(ほくしんごがく)って言ってね。長野県北部を代表する飯縄山(いいづなやま)、戸隠山(とがくしやま)、黒姫山(くろひめやま) 、妙高山(みょうこうさん)、斑尾山(まだらおやま)の五つの山の事さ。それより、そろそろ宿へ入ろうか」
「宿って、ここから近いの?」
「近いも何も、あれだよ」
「あれって・・・エッ、目の前に建ってるあれ?」
「そう、あれ。俺たちの今夜の宿、横手山頂ヒュッテさ。ここは自分の所でパンを焼いてて『日本一高い所にあるパン屋さん』としても有名なんだ。それと、ここのボルシチも絶品でね ── 秋に西新宿のロシア料理店で注文したスープあっただろ? あのボルシチだよ」
「なんだか、聞いてるだけで、よだれが出てきちゃう。夕食が楽しみ!」
「おいおい、ここの楽しみは食べ物だけじゃないゾ! ここは下界と違って、街の明かりの影響を受けないだろ? だから、星を見るには絶好のポイントなんだよ。それに、幸い今夜は天気も良さそうだし、満天の星空が見られるかもな」
「すっごーい。益々夜が楽しみ!」
「その代わり、真冬の山頂だけあって、夜はめっちゃ寒いゾ! 覚悟しとけよ」
「ハーイ!」

 そんなこんなで、イブの夜を横手山頂ヒュッテで過ごした俺達は、翌日、焼額山(やけびたいやま)に場所を移し、心ゆくまでスキーを満喫した。だが、この雪の別世界に、後日、殺人事件の「捜査」で再び訪れる事になろうとは、この時の俺達は知る由(よし)もなかった・・・

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