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 『Outdoor』 連載バックナンバー 
 

 ◆ 第8回 嗚呼、苦労ダイの巻 ◆

釣り坊主  前打ち、落とし込み・・・ちょっと聞くとパチンコの裏ワザみたいに聞こえるけど、実はこれクロダイの釣法の一種なのだ。

 ウキを使わずに目印を使い、エサの貝などを防波堤の際すれすれに落として釣る方法で、早く言えば海の脈釣りみたいなモノ。小さい頃から渓流釣りに親しみ、脈釣りが得意中の得意の僕はこの釣法に巡り会ってようやくクロダイの連敗地獄から抜け出すことが出来た。

 そもそもそれまでダンゴ釣り一辺倒だった僕が、この釣りを知ったのは去年の春。たまたま仕事で大阪に行ったときに、釣り好きの信者さんから教わったのがきっかけである。地鎮祭を頼まれ、土地のお清めをすませて信者さんの家に立ち寄ったときだ。奧の応接室へ通される際に茶の間に張りめぐらせれてる魚拓を見逃さなかった。魚はなんだろうとよく見ると、そのほとんどにチヌと書いてあった。

 とにかく魚拓は黒いから、遠くからだとみんな同じに見えちゃう。僕の地元のある男(仮に佐藤としておこう)などは、背中からおなかまでベットリと墨を塗りたくる。そしてその上に紙を重ねて、ご丁寧に背ビレからお腹の下のほうまで巻き付けるもんだからたまらない。出来上がったそれは、とんでもない腹ボテの、実にみっともないシロモノになる。スマートなヤマメもこの男(仮名:佐藤)の手にかかるとヘラブナに変身してしまうのだ。

 しかし十人十色とはよく言ったモノで、コヤツはこれで満足しているから恐ろしい。ちょっとでも大きく見せれてすっかり得意になってる。

幸せな人生である。

 さてそのチヌの魚拓を見た僕は家人に”釣りをなさるんですか?”と当たり前の質問をすると、”やります、大好きですわ”と親しみやすい関西弁が帰ってきた。この一言で僕の中に眠る悪い虫がムクムクと起き出してきた。 それからはその信者のおじさんと延々と釣り談義に花を咲かせて、いつしか得意のホラを吹きまくっていた。そしてこの時におじさんから「落とし込み」なるものを教わった。どこからかもってきた愛用の竿やリールを見せてもらうと、驚いたことにリールはフライリールを使っていた。国産の4、5番用のリールに2号の糸が巻いてあった。竿はやや胴調子な感じで持ち疲れしない工夫がしてある。肝心の仕掛けだが、これが余りにも渓流の脈釣りと酷似していた。釣り方もほとんど一緒。こりゃオレにも出来そうだなぁと、先程の魚拓を思い出してニタニタしていた。

 大阪から帰ってきて、早速フライリールのラインを巻き取り、1.2号の道イトをセットしてそれっぽい仕掛けを作ってみた。竿はとりあえず2号のクロダイ竿で代用することにした。さぁ、こうなると後は試してみるばかりだ。良き日を選んでいざ海へ。

ある男、現る!

 「へへへ、師匠、お誘い頂いてどうも」

 うーん、誘ったつもりはないんだけど、どうしてコヤツがついて来ちゃったんだろう。

 「おい佐藤君。オレいつ君のこと誘ったっけ?」
 「えっ、違いました?まっいいじゃないっすか。気にしない気にしない」

 何か一休さんみたいに言いくるめられちゃった。きっとどっからか嗅ぎつけてきたに違いない。ハナは利くのだ。

 それにしても気になっちゃうよなぁ、こやつが一緒だと。いつもの川なら転んでもたかがしれてるけど、なんせ海だもんなぁ。こないだもアジ釣りに来て防波堤の継ぎ目で転んでたし・・・。でもまぁ運転してもらってるので楽なことは確かである。うまいことアシに使って、釣り場に着いたら勝手に楽しんじゃおっと。後はしーらない。

 一人調子のいいことを目論んでると、由比のポイントに着いた。ここらは波止めのブロックが海岸沿いに沢山敷かれており、クロダイの格好のすみかとなっている・・・はずなんだけど、僕の針には一匹も食いついてくれない不思議なポイントである。

 竿と仕掛けを持ってポイントに向かう。いつもと違って手持ちが楽だ。ここらがダンゴ釣りと違うところ。佐藤君などはネットを背負い、袋一杯のマキ餌に弁当、パン、ジュース等ですっかり手がふさがり、何とも怪しげな格好で悪戦苦闘している。僕が仕掛けを作り終わってエサの貝をとっていたら、ようやく佐藤君が釣り場に着いた。

 「師匠ー、は、早いっすね」

 ガハハ、息が切れてやんの。

 「あれ、コマセ作らないんすか?」

 早くも釣る態勢の僕を見て不思議がってる。

 「へへ、君知らなかったの?今日は僕、落とし込みでやるんだよ」
 「はぁ?なんすかそれ」
 「ヒヒヒ、まぁ見てなって」

 教わった通りに貝を針に付けて、先端からヘチすれすれに仕掛けを落とした。5つも付けた渓流用の目印が、ゆっくりと海中に消えてゆく。何度か引き上げてタナを調節した。タナが合うと、後はか仕掛けを上下してクロダイの当たりを待つばかり。佐藤君を見るとキョトンとしている。そんな佐藤君を尻目にポイントをまめに移動して探り続けた。渓流のそれとはちょっと違うけど、脈釣りのおもしろさは充分楽しめた。

 1時間ぐらいやってだいぶ慣れた頃だ。エサの貝を換えようとちょっと仕掛けを上げかけたときに”ググッ”と来た。ややイワナに似た当たりで、そっと合わせてみると”グーッ”と引き込み、竿が満月にしなった。

ヤッター、かかったー。

 待ちに待った引きである。グイグイ持ってくこの引きは、間違いなく遥か昔に体験したクロダイの引きと同じである。しかも今回のは前よりも強い引きで、竿を立てているのがやっとである。大声で佐藤君を呼んだ。いつの間にか大分離れてしまい、なかなか気づいてくれなかったが、そのうちやっと事態を察して跳んできてくれた。

 「来ましたかー」
 「うんっ、結構でかそうだっ」

 タモを佐藤君に任せてなんとか寄せようとしてみたけど、思うように寄らない。ハリスが0.8号なので無理が出来ないのだ。少し遊ばせようとイトをゆるめたら、一気に潜りだし、その瞬間ぷっつりイトが切れた。実にあっけなかった。

 言葉が出ないとはこの事だ。それにしても惜しかったなぁ。アセったわけじゃないけど、勝負どころを間違えてしまったようだ。

 「惜しかったっすねぇ」

 佐藤君もしきりに残念がってくれた。せっかく連敗地獄から抜けだせると思ったのに、またやってしまったのだ。でも何となく手応えを感じていた。なんせ初めての落とし込みで、クロダイが掛かったことは確かなのである。

よしっ、今度こそは釣り上げるゾー

 それからしばらくして、僕に待望の軍用ジープ、サンパーが来てようやく連敗から抜け出す事が出来た。といっても、本当に釣ったのは僕ではなくて・・・。

イ、イゲンが・・・

 うーん、実はこの話だけはしたくなかったんだけど、女房が書け書けと、あまりにしつこく言うので、仕方なく書くことにした。

 サンパーが来てすっかりうれしくなった僕は、女房を連れだして海にドライブに行った。しかしこんな時も自然に釣り場に足が向いちゃうから恐ろしい。いつしか由比の防波堤に来ていた。 ジュースを買ってきて、二人で防波堤の上を散歩しながら飲んでいたら、何人か釣りをしていた。最初は見ていたけどそのうち当然のごとくやりたくなって、速攻で近くの釣具屋へ駆け込み、イソメを買って来た。竿はいつでもジープに積んである。コマセを作るのが面倒だから女房にはイソメエサのぶっ込みをやらして、早速僕は落とし込みの支度に掛かった。シメシメである。ドライブがてら釣りまで出来るとは一石二鳥なのだ。

 岸壁に付いている貝をとって早速始めた。岸壁周りを丁寧に探っているとなにやら女房のほうが騒がしい。何かあったのかとすっ飛んでいくと、なんと女房の竿が引き込まれているではないか。一瞬ボラのでかいヤツかと思ったけど、強引に女房が引っ張り上げると、あろう事かクロダイが浮いてきたではないか。”おーっ”周りの人達も寄ってきて歓声が上がった。すぐに近くの人がタモで救ってくれて無事に釣り上げることが出来た。その間ぼくはただボー然として何もしてなかった。

 つり上げられたクロダイを、親切な人がメジャーで測ってくれたら28cmあった。ふつうなら小さいほうなんだけど、僕には50cmにも見えた。

 「やったー、イエイ」

 はしゃぐ女房をただ羨望のまなざしで見ていた。はは・・・こちとら30回来て一匹もつれず、かたや初めてやっていきなり釣れちゃうんだもんなぁ。

 右手に持った竿の先で、貝がむなしくゆらゆら揺れていた。そう言えばワカサギ釣りに行ったときも、オレより釣ったっけなぁ。あーもう釣りなんかやめようかなー。

 一人たそがれて隣の女房を見ると、腕なんか組んじゃってニタニタしているではないか。

ゲゲッ!て、亭主のイゲンが・・・。

 考えて見ればそれからである。いつもボウズで帰る度に、あたしが教えてあげようか、なんて言われ始めたのは。でも最近、ホントに教わろうかと、真剣に考え始めてるオイラっていったい・・・・・・。なぜって僕自身のクロダイ連敗記録はまだまだ続いてんだよよよん。壁に貼ってあるクロダイの魚拓が1メートルぐらいに育って見えた。

(『Outdoor』 1998年11月号掲載)

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