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 『Outdoor』 連載バックナンバー 
 

 ◆ 第3回 千曲川ボジョーの巻 ◆

釣り坊主  「師匠、そろそろどっか遠くの川へ連れてってくださいよー」

 佐藤君にせがまれた。

 この春フライを覚えたばかりの佐藤君は、最初こそぎこちなかったものの、ナントかの一念てやつで、今ではすっかり一人前のフライマンに変身を遂げていた。例の佐藤スペシャルも、段々とこの世のモノに近くなってきたし、こうなれば遠征の一つもして腕試しをしたくなるのも当然の成り行きだ。

 「そうだなー、君も腕を上げたからなー」
 「でしょー、ねっねっ」

 うーん、問題は場所だった。遠出をする以上は釣りたい。さりとてヤツを危ないところへは、絶対に連れては行けないのだ。なんせこの男はまれに見る足元不安定、高所恐怖症野郎なのである。普段一緒に釣りをしていても、実に良くコケる。水深10cmくらいの浅瀬でコケて、全身ズブ濡れになる特技を持ってる男なのだ。コヤツは。

 結局さんざん考えたあげく、千曲川に決めた。魚はイマイチ少ないけど、河原は広いし危ないところも少ないからちょうど手頃だと思ったからだ。つまり佐藤君のことを気遣って上げたのだ。優しいのである(本当は面倒臭いから定番で決めたなんて言えないよなぁ)。それに千曲川ならヤツも喜んでくれると思った。名前に弱いのだ、ヤツは。

 と、ところがである・・・。

 「えーっ、千曲川ですかーっ?」

 場所を聞いた佐藤君が、不満そうな顔で叫んだ。

 「な、なんだよー、イヤなの?」
 「だって師匠、今日び千曲川じゃあ釣れませんよー」

 ギクッ、するどい。でもなんでコイツがそんなこと知ってんだろう。

 「ど、どうして君にそんなこと分かるの?」
 「だって師匠いつも言ってるじゃないですか、千曲川も早川も昔はよく釣れたけど、最近は全然ダメだって」

 アチャー、そういえば良く言ってた気がする。オレって愚痴っぽいからなー。墓穴を掘るってこの事だな。坊主が墓穴を掘るなんてシャレにならんね、まったく・・・。とにかくこれでまたどっか探さないといけなくなっちゃった。ウー、面倒くせー。いっそのこと、早川の最源流に連れてって、ヒーヒー言わせたろうかなんてひどいこと考えちゃった。泣くだろうな、きっと。

 それにしても確かに、早川も千曲川も釣れなくなったなぁ。フライに凝って通いつめてた頃は、それこそイワナもヤマメも面白いように釣れたもん。エサ釣りのエサなんか見向きもせずに僕のフライにバンバンくるもんだから、なんかお宝を独り占めしているような気分だった。まぁ要するに、フライに全然スレてなかったんだね。

 実際通い始めた頃はフライを振る人にお目にかかることはほとんどなく、まさにフライ天国だった。そんな頃の今にして思えば夢のような話を一つ。

 ローカルじいちゃんもビックリ

 その当時、僕は山に登るのが仕事なんじゃないかってくらい、年柄年中山ばっかり登ってた。顔なんかもう真っ黒で頬はこけ、おまけに無精ヒゲはやしてお葬式とか出ちゃうもんだから、親は泣いてたよなー。不世出の登山家、加藤文太郎に憧れ、どこへでも一人でひょこひょこと出掛けていたのだ。

 その日も例のごとく一人で八ヶ岳の赤岳山頂にいた。このまま硫黄岳から本沢温泉に降りて、温泉にでもつかって帰ろうと決め、歩を進めた。ペースも快調で昼前には本沢温泉に着き、早速、湯につかり汗を流した。いつもながらの熱い湯に悪戦苦闘して、なんとか茹でダコになる寸前に脱出。暫く脱衣所でグターっとしてから食堂に行き、カレーとうどんを食べた。(ちなみにここのカレーはうまい)。夏休みということもあり、込んできたので休憩もそこそこに出発。ペースを落としながら登山口に止めた車に戻ってきて、時計を見たらまだ3時を少し過ぎたばかり。このまま帰るにはちょっと勿体ないので、千曲川でフライでも振って行くことに急遽決定。ここらが単独行の良いところ。とにかく自由なのだ。川沿いをトロトロと車で流して場所をさがす。しかし、なんせ今はアユ釣りの最盛期。どこもアユ師で一杯だ。これじゃ、とてもフライなんか振れる状態じゃない。そこで僕は、夕マズメまで木陰の涼しい場所で昼寝を決め込んだ。狙いをイブニング・ライズに絞ったのだ。横になると、速攻で寝れるのもオイラの特技の一つだ。1時間程して目を覚ますと、大分、陽が西に傾いていた。僕の目の前で鮎釣りをしていたおじいちゃんも、竿をたたんで生かしビクを引き上げ始めた。ちょっと見たくなり、川に降りてビクをのぞき込むと、中型の鮎が10数匹右往左往していた。

 「へー、いい型っすね」
 「はは、今年はちいせぇよ」

 言いながら顔は嬉しそうだった。

 「あんたも釣りかい?」
 「え、えぇ、まぁ。」
 「なんだい、リールで釣んのか?」

 僕のタックルを見て、ちょっと驚いたように言った。

 「鯉でもやんのか?」
 「いえ、イワナっす」
 「イワナ・・・?」

 怪訝そうな目で見られちゃった。無理もない。このクソ暑いときに渇水した川で、しかもリール付きの竿でイワナなんかやるヤツは、よっぽどのトーシロと思われても仕方ないのだ。

 「よせよせ、水はねぇし鮎釣りで川は荒れてるし、イワナなんてどっか行っちまってるぞ」
 「へへ、そうっすね。でもとりあえず、やるだけやってみますよ」
 「ま、がんばんな」
 「どうもッス」

 ローカルのおじいちゃんと別れて、川面を眺めながらコーヒー沸かしてボーっとしていた。40分位そんな感じでやり過ごすと、少しずつハッチが始まってきた。

 ヨッシャー、やるか。腰を上げ、バーナーをしまっていると、後ろから声を掛けられた。見るとさっきのおじいちゃん。

 「なんだ、まだいたのか?」
 「ははっ、えぇ」
 「どうだい、釣れたか?」
 「今からです」
 「いまからーっ?」

 ローカルのおじいちゃんステテコ姿ですっかりリラックス。土手に腰を下ろして一服し始めた。どうやら夕涼みがてらに見物を決め込まれたようだ。

 「こんなにくれーと、もう来んぞ」
 「えぇ・・・」

 何やら腹の底から功名心が、グッとこみ上げてきた。へへっ、見てて頂戴おじいちゃん。驚いて入れ歯を飛ばさないようにね。

 いつものスピナータイプのフライをリーダーに結んで、ドライコートをたっぷりと塗り込む。見るともうあちこちでライズが起きている。まずは淵の下手に振り込んだ。まだまだフライは見える。これが見えなくなる頃がベストだ。流してからホンの数秒後に来た。一発だ。合わせるとがっちりとフッキング。手応えからいって八寸クラスの感じ。遊ばせないで素早く引き寄せると、案の定25cmくらいの良型。足元のたまりに放した。

 「オー。良いヤツじゃねぇかー」

おじいちゃん、すかさず駆け寄ってきた。たまりのイワナを見て”良い型だ”を連発している。ちょっと信じられないといった様子だ。まだまだこれからだよーん。続けて先程より上流に振り込んだ。結構良いライズがさっきからあって、気になっていたポイントだ。一投目はライズより向こうに行ってしまい失敗。続けて二投目。今度はうまくいった。ライズのあった辺りにかかると案の定出た。しかも結構デカイ。ロッドが満月に曲がる。

 「オー!」

 困った事におじいちゃん、興奮して身を乗り出してきちゃった。

 「オーっ、オメーでけーぞ、おらっ、おらっー、」

 大騒ぎである。ゆっくりと岸に寄せてくると、まるまると太った35cmのイワナだった。

 「やったナー、こりゃでっけーゾっ」

 大興奮!まるで子供のように、魚見て喜んでくれた。

 「へーたいしたもんだなー、そりゃおい、毛針か?」
 「えー、んなようなもんです」
 「しっかし良くこんなくれーに来たなー、信じられんなー」
 「まだ来ますよ」

 同じ針で再度トライ。そしてまた来る。じいちゃん驚く。こんな事の繰り返しで、結局尺物2匹を入れて、わずか30分足らずで10匹近く釣り上げた。

 「うーん、うーん」

 おじちゃん、唸るばかり。

 「この毛針はホントにスゲーなぁ」

 真っ暗な中で、ポケットライトに照らされたフライを手にとって、まじまじと見入っている。

 「これも、ある程度暗くなくちゃダメなんすよ」
 「しかし、毛針が見えんぞ」
 「大丈夫っす。慣れてくると魚が出たのが分かるから、そしたら合わせれば掛かります」
 「ふーん、オレも小せぇころから釣りしてるけど、こんなに暗くてイワナが釣れるなんて知らんかったナー」

 グフフ、釣り歴何十年のベテランに講釈しちゃうのだ。実に気持ちがいい。しかし、このおじいちゃんの場合もそうだけど、とにかくベテランになればなるほど陥りやすい落とし穴がある。それは、決め付けってヤツだ。夏は釣れない、水が涸れるとダメ、暗くなったら釣れない・・・など。しかし、これらは一つの常識みたいになっていて、僕もフライを始めるまではそういう状況だととても竿を出す気にならなかった。どうせ、釣れないだろうと決めつけていたのだ。ところがフライを始めてからイブニング・ライズというものを知り、それこそ真っ暗闇の中でヤマメを釣ったとき、眼から鱗が落ちた。最初は信じられなかったけど、考えて見れば、夏であろうと水が涸れていようと、魚達は生きていく以上えさを食べる。むしろ活性は春以上に高い。ただ、就餌時間が我々が釣りをする時間と違っていただけ。簡単だった。

 「おい、エサでもこんな暗くて釣れるかなー?」
 「うーん、やったこと無いけど、たぶん釣れますよ」
 「ふーん、シッカシおどれーたなぁ。奴ら釣れネーと思ったら、こんな時間にメシ食ってたとはなぁ」

 とりあえず35cmのイワナは、キープ。もう一匹の尺モノはおじいちゃんにあげた。聞いたらおばあちゃんと二人暮らしというので、もう一匹大きめのを添えてやった。あとはリリース。

 なんかスゴーク格好良かった。魚を手にしたおじいちゃんの笑顔が、今でも忘れられない。つい、10数年ほど前のことなんだけど、なんか遠い昔の大事な思い出みたいな感じで僕の胸の中に残っている。

 ク、クロベって・・・一体

 考えてみたらこの話も佐藤君にしたんだよなー。こんなオイシかった昔話ばかりして、おまけに最近は全然釣れネーとか愚痴るもんだから、そりゃ聞いてる方はいやんなるよ。ましてそこに行くなんていわれれば・・・。

 「たしかに釣れなくなったからなー」
 「でしょう、イヤだなー、そんなとこへ連れていこうとするんだから」
 「でも、放流モンなら少しは出るぜ」
 「勘弁して下さいよー、やっぱり天然のピンシャリイワナでなきゃー」
 「おいおい、今時そんなモンには、オレだってお目に掛かってないぜ」
 「ウソウソ、師匠、こないだ黒部に行ってしこたま天然モンのイワナ釣ってきたくせにー」
 「ゲッ、かくしてたのに・・・」
 「何がかくしてたのにです、自慢げにイワナの塩辛食べてたじゃないですか、こないだお昼に遊びに来たときにー」
 「ゲゲッ」
 「あっ、そうだ黒部にしましょう。ねっ、師匠良いでしょ。ねっねっ、決定ーっ」
 「ゲゲゲッ」

 こりゃ死ぬな、と思った。黒部の廊下の激流を、二人で流されまくる図がリアルに見えてきた。

 「なーやっぱり考え直して、どっか近場にしようぜ」
 「ようし、黒部かー。やっぱ師匠寝袋買っといたほうがいいですよねー」

 全然人の話を聞いてない。もうすでにコヤツの頭は、黒部でいっぱい。

 ウーッ、こうなったらやけくそで行ったろうかなぁ。しかし高所恐怖症のコヤツに、あのゴルジュの高巻きが出来るかなぁ。オシッコちびるんじゃねーかなぁ。

 そんな心配をよそに、半分イッた目で不適にニタニタ笑う佐藤君であった。

(『Outdoor』 1998年6月号掲載)

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