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 『Outdoor』 連載バックナンバー 
 

 ◆ 第4回 佐藤スペシャルの巻 ◆

釣り坊主  「師匠ーっ、釣れましたよー」

夕食をすませ本堂でお塔婆を書いていたら、突然近所の佐藤君が押しかけてきた。

 「師匠ー、ほら見てっ、ほら」

 佐藤君は最近フライを覚えたばかり。それまでエサ釣り専門の彼に、この春フライを教えてやったら、すっかりハマっちゃった。

 「君に釣られるヤマメも浮かばれないなー」

 どうせ小さいヤツを釣って喜んでるんだろうと思い、ビクをのぞき込んだ。ゲッ、でかい。ビクの中には、尺はあろうかというヤマメがいるじゃない。

 「えっ、これ本当に君が釣ったの?」
 「へへっ、どうです、どーです。うわっはっはっ」

 本堂中にバカ笑いが響いた。

 「いやー僕も腕を上げましたよ」
 「自分で言うな、自分で。しかし確かに腕を上げたなー、ついこの間まで木の枝ばっかし釣ってたくせに」
 「まぁ、天性の素質とでも言っときましょうか」

 あーぁ、どうして僕の周りは、皆こんなヤツばっかなんだろう。謙虚という言葉を、お母さんのお腹の中に忘れてきたのか、お前らは。

 「で、フライはどんなので釣ったの?」
 「そう聞かれるのを待ってましたよ。これです、これ」

 そう言って佐藤君がベストのポケットから出したフライを見て、驚いた。10番くらいの大きさのフックに、わけがわかんないモノが、これでもかってくらい巻いてあったのだ。テイルもウイングもなし。ちょっと見るとフライだかなんだか分かんない。宇宙中探しても、これに似たムシはおそらくいないだろう。

 「君、本当にこれで釣ったの?」
 「そう、どうです。うまいもんでしょう」

 言葉が出なかった。こりゃ奇跡かまぐれか、はたまた偶然あくびしたヤマメの口に、コヤツのフライが飛び込んだとしか考えられなかった。

 「良かったら師匠にも一つあげますよ」

 そう言って佐藤君が出したフライは、一段と正体不明なヤツだった。

 「き、君、このボディーには何を使ってるの?」
 「はは、僕は師匠みたいに羽根持ってないっすから、家にあったボロきれで作ってみました。まっ、ちょっとしたリサイクルってヤツですか」

 ボ、ボロきれ・・リサイクル・・。なんだか尺ヤマメが哀れに見えてきた。

 「どーです、絶対釣れますよ。名付けて佐藤スペシャルってんです」

 さ、さとうすぺしゃるー? なんじゃそりゃー? 思わず吹き出しそうになるのをようやくこらえた。

 しかし考えてみたら笑えないなー。僕が初めて巻いたフライだって、それこそ見られたもんじゃなかった。今思えば、この佐藤スペシャルと似たり寄ったりのフライだったような気がする。

目覚めの春

 僕がフライを始めた頃は、自分で巻く技術がなかったので、釣りに行くたびにお店で買っていた。そして、せっせと木の枝にお供えするもんだからたまらない。だいたい一回の釣行で10個くらいなくしていた。コリャなんとかしなくちゃ、お金がいくらあっても足りねーなー、なんて痛感していた。そんなときに、自分でフライを巻くことに目を向かせてくれる、事件が起きた。

 ある五月の暖かい日。場所は千曲川。

 その日も相変わらず木にはひっかける、はたまた石にひっかけて針先をなくすなんて事を繰り返していて、気が付けば、あと一個しかフライボックスの中に残っていなかった。

 「ゲッ、まずいなぁ」

 辺りを見回すと、薄暗くなってきて、ポツポツとライズが始まっていた。とにかく最後の一個を慎重にティペットに結んで、どうかなくならないように、と祈りながら振り込んだ。── そして切れた。早かったもんね。なんせライズに夢中になっていて、その日幾度となく繰り返してきた過ちを、またまた犯してしまった。

 「ゲゲッ、すごくまずいなぁ」

 たった今お供えをしたブナの枝から、葉っぱが2、3枚舞い落ちた。辺りではますますライズが激しくなり、中には尺クラスのヤツも飛沫をあげていた。

 「グヤジー」

 目の前でおいしいケーキが並んでいるのに、お預けを食らっている様な気分だった。

 いっそのこと投網でも打ってやろうかなんて、思っちゃった。考えた揚げ句、エサ釣り用の針になんかくっ付けて釣ることにした。幸いすべて兼用のベストなので、仕掛けはあった。針をティペットに結んで、さて何を付けようか考えた。エサはもちろん持ってきてないし、川虫を捕るには暗すぎる。さりとて飛んでるムシなんか、とてもじゃないけど捕まえられない。

 エーイ、こうなったら何でもいいから、針にくっ付けてやってやれ、と開き直った。

 何かいいモノはないかと探すと、すぐに胸についている綿のかたまりに目がいった。フライを乾かすためにベストに付いているあれだ。その本来の目的には、一度も役に立ったことはないけど、なんにせよ役立つ時がきたのだ。 早速手でちぎってこよりにして針に巻き付け、0.6号のハリスでぐるぐる縛った。しかしおよそフライとはかけ離れており、指先であちこち引っぱり出して、ようやく形らしくなった。とはいえ、いずれムシとはかけ離れており、むしろゴミに近かった。

 「よしっ、とにかくやってみよう」

 これをなくしたら本当に最後なので、バックに気を付けながら慎重に振り込んだ。キャストはうまくいった。フライは、と見ると意外にもちゃんと浮いているではないか。綿毛が空気を含んでいて、浮力が思った以上にあった。

 こりゃいいゾーなんて浮かれていたら、なんと来たっ。イワナが食いついたのだ。ビックリしたなー。まさか本当に釣れちゃうなんて・・・。慎重に寄せると八寸クラスの良型。手に取ると、がっちりと上顎に掛かっていた。手にしたイワナを眺めながら、何か狐につままれた気分だった。そして驚いたことにその後も2匹型のいいのが釣れちゃった。つくずく釣りなんて分かんないもんだと思ったよなぁ。高いお金を出しても、一匹も釣れず、その場しのぎで作った、フライと呼べないようなので3匹も釣れちゃうんだもん。今まで高いお金をつぎ込んでたオレって一体・・・。

忘れた頃にやってくる・・・ん?

 そんなことがあって、フライは自分で作ろうなんて気になった。自分のフライでも釣れるゾって、自信が付いちゃった。綿毛だけのフライが、僕のフライ観を変えてくれたのだ。それにしても、今思い出してもひどいフライで、あの時のフライに比べれば、まだ今、目の前にある佐藤スペシャルのほうがマシだと思った。おまけにコヤツはフライを始めてまだ3ヶ月くらい。それで尺ヤマメを釣っちゃったのだ。僕なんか、最初の一匹を釣るまで、半年もかかったというのに。

 「君ー、ひょっとすると天才かもしれないぞ」
 「でしょー、でしょ、でしょー」

 僕と違って、佐藤君は最初から自分で巻いたフライしか使わなかった。99%以上努力しているし、少なくとも佐藤スペシャルを見る限り、1%はひらめいているモノと思われる。従ってヤツはホントに天才かもしれないのだ。もしかすると佐藤スペシャルは、超すごいフライだったりして・・・。

 「何年かして、君のオリジナルフライが、スタンダードになるかもな」
 「えっ、この佐藤スペシャルがですか?」
 「そう、佐藤コーチマンとか、佐藤スピナーとか言っちゃってさぁ」
 「そ、それってすごいっすねー。そうなったらこのフライも価値が出ますね。良かったら今の内に差し上げますよ」
 「へへへ、悪いね」

 言うほうも言うほうだが、貰うほうも貰うほうである。

 次の日、早速佐藤君を出し抜いて、佐藤スペシャルを試しに行ったのは、言うまでもない。場所は僕のとっておきのポイント。ムヒヒヒである。これでおいらも尺ヤマメを釣ってと・・・。しかし、そこでとんでもない目に、遭ってしまった。

 しばらくして、ライズが始まったので、シメシメとフライを振ると、ナ、ナント2、3回振っただけで、フライがバラバラになってしまった。見ると、フックに巻き付けられたボロきれやら、木綿糸やらが、見るも無惨にダラーンと垂れ下がっていた。

 アチャー、おそるおそるもう一つの佐藤スペシャルを試して見たけど、やはり同じ。すぐバラバラになっちゃう。ゲロゲロッ、周りではイブニング・ライズが始まっていたけど、こんな時に限って佐藤スペシャルしかもってきてないのだ。ウー、少しの間でも、こんなフライを信用してしまった自分がバカだった。目の前でバシャバシャ跳ねているヤマメを見てつくづく思った。

 「て・・・天災・・・佐藤・・・」

 それからは、いくら薦められても、決して佐藤スペシャルを使うことはなかった。オーイ、お願いだから、ヘッドセメントの使い方くらい早く覚えてくれよー・・・。

(『Outdoor』 1998年7月号掲載)

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